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(1991~ )
陸上自衛隊は、1979年と1980年に導入した2機のAH-1Sで約3年の試験運用を行い、1985年から本格的にAH-1Sでの部隊編成を開始した。1984年に最初の6機が陸自に納入され、それ以降毎年8機ベースで納入が続いた。部隊編成のペースも早く、1986年に北海道の帯広に第1対戦車ヘリコプター隊を完結、1988年には東北の八戸へに第2対戦車ヘリコプター隊が編成完了となった。3番目の部隊は、1990年に九州佐賀県の目達原駐屯地に編成されている。各部隊は16機のAH-1Sと数機のOH-6Dで構成され、概ね1個飛行隊 20機編成であった。因みにOH-1のプロトタイプが完成するのは1996年3月であり、OH-1が量産される前はOH-6DとAH-1Sの組み合わせで、飛行隊が運用されていた。(2025年8月 記)
↑ 三沢基地に展示された第2対戦車ヘリコプター隊のAH-1S/73456。56号機は1990年度末までに納入されたピカピカの新品である。恐らく第2対戦車ヘリコプター隊の駐屯場所は、ソ連軍が北海道に上陸した際に本土側から即時応援で駆けつけられる位置として八戸駐屯地が選ばれたものである。青森の第9師団も北海道の4個師団の戦略予備の位置付けにあった。
↑ 1991年海上自衛隊下総航空隊で展示飛行する霞ヶ浦分校所属のAH-1S/73417。この頃、まだ木更津の第4対戦車ヘリコプター隊は無く、関東の基地祭には霞ヶ浦分校の機体が展示される事が多かったので、この17号機は良く目にすることになる。陸自は1990年度末で56機のAH-1Sを受領済で、1機当たりの単価は、為替の変動にもよるが安い時は平均18億~19億円程度であった。
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↑ 立川駐屯地に展示されたAH-1S/73459。59号機も1991年度に納入された機体であるので、木更津駐屯地に配備されたばかり1年も経っていない新品という事になる。迷彩の塗装が一点の汚れも無く、見るからに新しい。
↑ 1992年浜松基地の航空祭に展示された明野航空学校のAH-1S/73449。浜松基地は地理的には明野と木更津の中間位置にあった為、この年までは明野からの飛来であったが、木更津の第4対戦車ヘリコプター隊が完結後は、木更津から飛来する事が多くなった。
↑ 松野主税氏が1992年11月8日に九州の築城基地で撮影された第3対戦車ヘリコプター隊のAH-1S/73405。 初期導入の5号機である。機首に付いているのはM-197 3砲身機関砲で、M-97ユニバーサルターレットに装着されている。このターレットは30㎜機関砲も付ける事ができるらしいが、陸自は20㎜機関砲で統一している。
↑ 同年の立川駐屯地で展示飛行するAH-1S/73429。AH-1Sの展示飛行では、その軽快な機動性と20㎜機関砲を上下左右に動かす動作など、対戦車ヘリの特徴をいかんなく見せる事にあった。